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 「村崎、ノート写させてくれ」
 「ん」

 ここは田舎の小さな高校。
 冬の足音がいよいよさやかに聞こえ始めるかという季節に囲まれ、それでも人のぬくもりで暖かい小さな教室の中、いつもの朝がドタバタと始まる。

 下手に学力のある僕、村崎発揮(むらさきはつき)は、大抵宿題は「見せる」側だ。別に見せてやることに対して、嫌だとかそういった否定的な感情は持った例がない。むしろ口下手で無口な僕にとって、話すきっかけを作る絶好の、そして数少ない機会である。

 「たまには自分でやってきなよな…」
 「やったんだけどわかんねえんだよ」

 ふてぶてしい態度でお決まりのイイワケを吐き捨てる彼は、名前を梛野崇史(なぎのたかし)といい、古くからの僕の悪友だ。交友関係の狭い僕にとっては、かなり貴重な存在である。二人の共通点はといえば、同じ孤児院で育ったことだけだというぐらいで、似ても似つかない両人だが、それなりに仲はよい。梛野はおおらかなスポーツマンタイプであり、僕はといえば人が言うには、大人しく無口ながり勉タイプだ。その梛野が、毎朝僕のノートを丸写ししている。傍目(はため)には、僕が被害者であるかのように映ることだろう。しかしそれは間違っている。被害者意識などが少しでもあったら、十年以上も友情が続くはずがない。

 「宿題なんかやったって意味ねぇよ。どうせもうすぐ『世界滅亡』なんだろ?いつなんだ?その『世界滅亡』ってやつは」
 「……そんな予言、した覚えはない…」
 「あ?そうだったか?じゃあ『お告げ』が聞こえたら真っ先に教えてくれよな!」

 梛野の言う『お告げ』というのは、僕だけに聞こえる天の声のことで、僕にさまざまな自然災害を伝えてくれる。特に、地震と火山活動についての情報が多い。的中率は、100%だ。しかもこの『お告げ』は、内容がまるで新聞の見出しのように、一つの文章の形で頭に浮かぶので、怖さも倍増である。
 数ヶ月前に突然現れたこの力は、当時の僕を相当悩ませた。その末に梛野に相談したのだが、そこからマスコミに引っ張りだこの存在になるのに、多くの時間はかからなかった。彼は、いらないところで積極的である。
 このような僕の能力を、梛野は完全に信じている。元々彼は、僕のよき理解者であり、かなりの信頼を置かれていることは気づいていたが、予言という、まず常識では受け入れがたい概念に対し、何の抵抗もなく相談に応じる姿を見ると………あまり利口とはいえないだろう、相談しておいて失礼だが。
 実は僕本人だって、梛野ほど予言を信じちゃいないんだ。

 「村崎ぃ、ノート見せて」

 背後から宮城島の声がする。

 彼女、宮城島綾香(みやぎしまあやか)とは、入学式で隣の席になり、話しかけられて以来、よく話をするようになった。体格はやや小柄で、端正な顔つきと、きつい性格を持つ。

 梛野と宮城島は、慣れた手つきでそれぞれの机を向かい合わせにくっつけ、中央に僕のノートを置く――――三人の席の近さが、毎朝をパターン化させていた。

 そして三人はまたいつものように、たいした内容のない雑談を始める。

 「ほんとに地震、起こりやがったな」
 「うん。でももう今更驚かないけどね」

 「……なぁに?また予言の話?」

 宮城島は眉をひそめ、あからさまにいぶかしげな表情を見せた。
 そう、宮城島は、予言をはじめとした、非科学的で、信じる理由のないことは、くだらない作り話だと片づけてしまうのだ。

 「たまには地震以外のことも予言してみせてよ。テストの問題とかさぁ」

 「そーゆーんじゃねえんだよ、なぁ村崎?」
 「あぁ……」

 『予言』というと、あたかも主体性を持ってしての行為のように聞こえるが、事実は、その正反対だ。受け身もいいとこ、まったく勝手な存在である。昼夜を問わず、人の都合を無視して響くこの声、梛野命名の『お告げ』という言葉も何だか言い得て妙である。  そういった理由で、宮城島を説得、納得させるのは無理だ。それをいいことに、彼女はビシバシ攻撃してくる。ともすればサギ師呼ばわりする始末だ。
 別にいいよもう、サギ師でも。




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