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 『インセキ ラッカ セカイ メツボウ』

 電報のようなそのお告げは、今回もやはり必要最小限の長さで、恐ろしい結果のみを伝えた。寒い朝、まさにこれから学校に向かわんとしている時の出来事だった。

 ついにきたな………。

 不思議とそこに、不安や焦りはなかった。不安、焦りというものは、そこに一縷の望みがあってこその感情であるのだろう。的中率100%の僕の予言の前で、それらは遠くかなたの存在となった。
 むしろ、おかしみさえ浮かんでくる。

 だがしかし、今回の予言には続きがあった。それが問題である。

 『ミハラヤマ チョウジョウ アンゼン』

 「なんだぁ!?」

 お告げがあって数分後、教室で僕の話を聞いた梛野は、大声を上げた。

 「今言った通りだよ」
 「今言った……って、つまり、隕石が落ちてきて世界が終わるけど、三原山は安全だっていうことだろ?三原山っつったら俺っ家の裏だぜ?」

 やはり三原山というのは、ここのすぐ近くの、あの山を指すのだろうか。よくある名前ではあるのだが……。

 「三原山にいけば助かるんだな?じゃあ俺はいくぜ、死にたくねえからな!」

 梛野は物を考えるということが、嫌いなのか苦手なのか出来ないのかは知らないが、とにかく思考というものをまずしない性格で、常軌を逸した単純さを持つ。それは、今のセリフから、想像にたやすいところだろう。

 「何騒いでるの?」

 僕と梛野の間に宮城島の小さな顔が割り込んできた。

 「廊下まで聞こえたわよ、生きるとか死ぬとか」

 宮城島の詮索の視線が、宿題の写しがちっとも進んでいない梛野のほうに向けられた。僕は彼女の意見を得たかった。なので次の瞬間僕の方から、ここだけの話を約束して、例の二つの文を伝えていた。

 「ミハラヤマ!?めちゃめちゃ怪しいわよ、その話」

 話を聞くや否や、宮城島はいつも以上の呆れ顔を見せた。やはり彼女も、世界滅亡云々よりも、話がローカルすぎることに不自然を感じたらしい。これが一般的な反応のはずである。僕も当事者でなかったら、まず信じはしないだろう。いや、当事者であっても、こればっかりは疑わしい。第一、隕石落下で世界が崩壊するのに、安全も何もないんじゃないか?

 「宮城島、この事は誰にも言うんじゃねぇぞ。村崎もテレビで言ったりするんじゃねぇぞ!山が人だらけになったら、俺が助からねぇ!」

 「そうだな……」

 そしてこれが、非一般的な反応の一例である。人というのは、ここまで何かを信じきることが出来るものなのだろうか。少し震えるものがある。

 「よぅし、今晩から隕石落ちるまでの間、ずっと裏山にこもってよーぜ!村崎!おまえっ家にキャンプ道具一式あったよな!それ持ってこい!それに米と水と寝袋と、あと……」
 「ち、ちょっと待ってよ!学校はどうするのよ!」
 「なぁに、どうせ国の金だ、サボるさ」

 この時代日本は、工業、医療等、様々な面で成功を収め、経済的に急成長を見せていた。それに折りからの好景気も手伝って、日本の経済力は天井知らず、他国の脅威となっていた。もしどこかで一歩違えて世界に戦争を持ち掛けでもしていたら、間違いなく日本は世界を統一し、惑星一つを支配下においていたことだろう。
 それほどの経済力を誇るニッポンが、今一番力を入れていることが『福祉』および『教育』における弱者救済である。他に内需拡大の矛先が見つからないのであろう。
 その中でも、学生に対する奨学金は、それこそ湯水のように提供している。そういった過程による国家的先行投資の恩恵を被っている十数万の若者の中に、村崎と梛野が含まれていた。彼らに親はない。二人は国立の孤児院で育てられたのだ。彼らが高校に通えるのも、しかも今それぞれに一人暮らしが出来ているのも、すべては国のおかげだといっても決して大袈裟な話ではない。

 「え、国のお金?全額?ってことは……Fランク?」

 国の奨学金の支給額は、その学生の経済的な状況により異なり、いくつかのランクに分けられている。その最高ランクが『F』である。

 「そうそう!俺ら親いねぇんだぜ!」
 「詳しいね、宮城島さん」
 「だって私もFだもん」

 へぇ、と二人は同時に声を上げた。しかしそれほどの驚きは伴わなかった。今の時代、親のない子供など、腐るほどいる。だが、自分と同じ環境の人間が身近にいたと知ることは、少なからず僕を喜ばせた。

 「あぁ、おまえも一人暮らしなら……来るか?三原山。安全だぜ?」
 「いや……、私信じてないから」

 宮城島は、梛野の誘いを冷たく流した。予想どうりの態度だ。この時点で、熱いのは梛野一人になっていた。

 「じゃあやっぱり二人でだな、村崎!」
 「……ああ」

 僕はもう、梛野に考え諦めさすことは、まるっきり無駄であるということを知っていた。彼は自分の意見が、すべて正しいのだ。そしてその意見というのも、何ら理論というものをたどらない、実に動物的な直感によるものだ。
 ―――まったく、この年になるまで、梛野の世話をすることになるとは思わなかったよ。




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