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日曜日



次の日の朝、モトコは古い毛布を納屋からひっぱり出した。断ち切りバサミで裁断し、発泡スチロールの箱の中に敷いてあげた。
それでもゲンキは、箱の中でぎゅっと丸くなり、動こうとしない。無表情な毛糸玉は、いつまでも寂しげな静物だった。
栄養が足りないに違いない。
モトコは、ご飯にかつお節をまぶした今朝のゲンキの食事を否定し、サイフを握ると外へと飛び出した。

田舎において、コンビニほど薄暗い場所は無い。
すべての商品は蛍光灯によって照らされる配置になっているために一様に明るくはあるのだが、所詮それは蛍光灯の明るさに過ぎない。コンビニというのは基本的に外からの採光に対しては無頓着な造りになっているのだ。
当然チェーン店の性質として、立地に依存しない統一した特長を個々に有させるべきは判るのだが、この平べったい空間に一側面のみのガラス張りという構造は、田舎では異常と言ってもよかった。採光に基づく設計の家屋が立ち並ぶ中、蛍光灯のみで夜を固定する建造物。不思議な存在だった。
しかし火急の入用が生じたとき、その有用性は否めない。険呑を秘めながらも、その都会を気取っているらしい薄暗い建物に突入しなければならない。

モトコは腕組をした。
猫えさが多い。犬えさは、商品棚の最下段に数個置かれているだけだった。モトコは若干機嫌が悪くなった。
カリカリはまだ無理だろう。缶詰でなければ。
モトコは唯一の犬用缶詰えさを手に取った。これを食べれば、きっとゲンキも元気になるだろう。トップブリーダー推奨と書いてあるから間違いない。

モトコ。
不意にモトコは呼びかけられた。

振り向いてモトコは、
「あ、ハカセ。」とつぶやいた。

ハカセとモトコは中学の時分、同じクラスだった。でも二人は取り分けて親しかったわけではない。中学生の時だって、授業が終わった後で遊ぶようなことはなかった。別々の高校に進学し、そしてそれ以降一度も会ったことがなかった。そんな関係だからモトコはハカセと会ったことで別段感動することはなかったし、逆になんだか気まずくもさえ感じられた。
ハカセはモトコの隣にしゃがんで、視線を合わせた。

「モトコ久しぶり。どうよ?ドーベルマンでも飼うの?小型犬なら800g缶なんか買ったらだめだよ。缶えさは保存がきかないから。」
「あー、そうかそうか。」

ハカセは中学のころ、とても頭が良かった、そうモトコは記憶している。モトコは彼女をハカセと呼んでいた。あまり浸透しないあだ名ではあったが、それでもモトコたちのグループは、意地になって呼び続けたものだ。それはモトコが、多かれ少なかれ本当にハカセになると思っていたから。遠く未来の事実なのだから、不自然なことは何もない。ハカセだって、その呼び名を嫌がりはしなかった。と思う。

「ねえ、ハカセは大学行くんでしょ?東大?」
「ううん、とりあえず京大。」

モトコは、依然ハカセが優秀でいてくれたことが喜ばしく感じられた。
モトコは無感動のまま、ハカセと近況を語り合った。ただ、最後までハカセの本名を思い出すことができなかったことだけが、少し心残りだった。





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