日記帳。



10月


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2oo4.1o.o4____負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて

イチローがアメリカ大リーグのシーズン最多安打記録を塗り替えたようで。84年ぶりに、日本人が。まさか彼がこんな記録を残すとは誰も思いはしなかったことでしょうね。本人でさえ「まさか自分が」と会見で言っていた。


The rare card disturbs the balance of a game.
(そのレアカードは、ゲームバランスを台無しにする。)


でもぼくは、イチローの活躍をテレビで見るたび、この英文を思い出します。『萌える英単語・もえたん』をお持ちの方は、74ページをお開きください。
先生、持ってません。
もちろんここで言う「レアカード」は自分の中で「イチロー」と重なっているわけである。




ぼくは以前、
「野球のルールは絶妙なバランスがすばらしい、ベース間の距離、外野の広さ・・・」
云々と書いたことがあるが(2oo4.o4.16)、イチローは見事にこのバランスを崩してしまった。

『内野安打が多すぎる』
今でこそ彼に対してそんな否定をする者はいないが、ま・・・ぼくだけかもしれないが、あまりにも内野安打が多い事実はこの「シーズン最多安打」という結果をすっきりさせないのだな。ぼくのなかで「サードゴロ」といったらすなわち「アウト」なわけで、それがことごとく「ヒット」になってしまうのは明らかに「ゲームバランスが崩れた」と言わざるを得ない。
当然イチローの努力によって"崩した"わけであり、イチローがすごい、それは大前提として頭に置かなければならない。それでもより巨視的に『野球』というものを考えた場合、今後「イチロー的選手」が増えてきたときに野球のルールは変えられることになるだろう。ベース間の距離は数フィート伸ばされるかもしれない。ゲームバランスの正常化、である。




たとえばソフトボールはほとんど得点が入らなかった。一点入れば勝利確実である。
「それではつまらない」
ボールを黄色にし、変化のかかりにくい材質に変えた。


たとえばテニスは最近サーブの技術が上がりすぎて、サービスエースが非常に多い。サーブ4本で終わるゲームもある。
「それではつまらない」
テニスボールを少し大きくし、サーブのスピードを遅くする案が実行段階にある。


各選手個人の技術の向上によって既存のルールでは「つまらない」になった場合、ルールは改正される。結局スポーツにとって一番大事なのはお客さんの「おもしろい」なのだ。個々人がどれだけ努力しても、その方向が「おもしろい」に向っていなければ、その努力はいとも簡単に踏みにじられる。実際、選手なんてちっぽけな存在なのかもしれない。


イチローの努力が踏みにじられないために、ルールが変えられないために、イチローがすべきことは「お客さんに嫌われないこと」。
今までのように謙虚な姿勢を持ち続けていれば、イチローの時代はまだ続く気がします。
もし彼が何か鼻につくような態度を取り、アメリカ人に嫌われることがあれば、ルールはすぐに改定されるでしょう。
アメリカなら、ホントにやりかねん・・・。

そんな感じでワタクシは、イチローには「記録を残す選手」以上に「愛される選手」になってほしいと切に願うわけであります。
ま、大丈夫っすね。



2oo4.1o.14____自問自答を繰り返し

実るほど

(こうべ)を垂れる

稲穂かな




あなたの座右の銘は?

そう訊かれて、上記の句を示す者は多い。

稲穂というのは「ぴーん」と直立して成長します。しかし秋を迎え実がなり始めると、次第に先端が下へと垂れ下がってくる。
その姿を人間に見立てて、
「人も実ってくるほど、より謙虚な心を持たないといけない」
という教えを説いている句なのですね。

すでにこの句の作者はわからない。広辞苑にもこの句は載っているのだがそこに詠み人は記されていないので、多分もう作者不明ということなのでしょう。今や「ひとつのコトワザ」という扱いなのだ。


なるほど、人は知識が深まるにつれて居丈高になりやすく、こういった「うまい言葉」を席の右に置いておくことは自身の成長の加速に対して理性を引きとめる粘性抵抗になるはずである。









・・・。
あれ?
ちょっと待ってくださいよ?
ここで頭を切り替えて考えて欲しい。

果たして稲穂というものに「前」と「後ろ」があるのだろうか?

大前提としてこの句の詠み人は頭の垂れているほうを「前」としているが、そちら側が「後ろ」である可能性はないのだろうか?

稲の「前」と「後ろ」の区別がつかないのに勝手に「頭を垂れている」と詠ってしまうのは完全なるエゴではなかろうか?

もし稲穂の垂れている方向が「後ろ」であるなら、この句は全く意味を持たないのではないだろうか・・・!









実るほど

ふんぞり返る

稲穂かな

だめじゃん。



2oo4.1o.28____青い空の 広さも知らずに 風を見てる あの少年

秋深し

キャベツが一玉

600円

買われへん。

望月ですこんばんワ。




昨日のネプチューンの某深夜番組でなんかクイズっぽいことをやっていました。コーナータイトルは
「J−POP English」
とかいって、邦楽の歌詞の中に「ぱらっ。ぱらっ。」と使われている英語を正しく訳せるか、そんなコーナーなのですが。

たとえばGLAYのグロリアスのなかに使われている
「 Glory days 」
はどういう意味か?みたいな問題を出していたわけである。
けっきょく「栄光の日々」とか「輝かしい日々」くらいの意味なわけなのだな。ぼくはずばりハウンド・ドッグ世代であり、彼らの歌にそのまま
「GLORY」
というタイトルのものがあるので答えは知っていました。175R世代の人もまんま
「 GLORY DAYS 」
いう歌があるからすぐにわかったのではないだろうか。「栄光の日々」、とか言われても、日本人にはなんだかしっくり来ないものがあるが、とにもかくにも邦楽でたびたび使われる単語なので覚えておくべき英語ではある。




さて、しかし邦楽の歌詞を理解しようとするとき、この半端に使われた英語というのは非常に厄介になる。もし詞を書く人が「英語を知らない人」であるならすなわち英単語は日本語と一対一の対応を見せるのだが、英語ペラペラな人が詞を担当した場合、特に英語の部分に自分の感情を込めたりするので、我々「英語を知らない人」はその歌詞全体の理解がともすれば不可能な状態におちいる。
たとえばGacktの歌に「バニラ」という歌があるのだが、これは英語の「 Vanilla 」のスラングに



純粋無垢な人。特に性的な知識の無いお子ちゃま。



なるものがあることを知らなければこの歌を半分程度しか理解できていないことになる。
『愛でとろけるんだろ。だからバニラなんだろ。あと、バーニング・ラブと引っ掛けている。』
ここまでが限界である。
同様に「 lie on heart 」という慣用句を知っていなければいつまでも人はSMAPの「らいおんは〜と」を「ライオンの心」とだけに解釈し続けるだろう。はっきりいって英単語がひとつ混じってくれるだけで歌詞は複雑になってしかたがないのだ。




その端的な例は「宇多田ヒカル」でしょう。彼女の歌にはポイントポイントに「びしっ」「ばしっ」と英語が使われているため、歌詞を理解しようとするならもう外人になるしかない。




最近発売された宇多田のアルバム、すべての歌詞が英語らしい。

こういったCDを買う人というのは、やはりすごい人なんだろうな・・・などと「英語を知らない人」なる身としては、多少の皮肉を込めてそう思ったりしますよポテチン。





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