日記帳。



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2oo3.o8.o9____少し厳しい話もするが 俺の本音を聞いておけ

日本語が乱れている!!

そんなこと、少し前までは屁にも思ったことは無かったのだが、最近、日本語がめちゃくちゃになってきていると毎日のように感じている。どうやらワタシも焼きが回ったようだ。

別に、解しがたい新しい言葉が作られたり、外国の言葉が入ってきたり、そういったことはぼくは問題ではないと思う。言葉とは日々増えてゆくものだと思うし、特に日本語は外国の言葉を取り入れる事に関して最適な様式を持つのだから、それこそ日本語のあるべき姿だと思う。若者が、いままでの日本語のみを用いてすべての行動を表すことができるとしたら、ぼくは彼らを尊敬してしまう。また「新しい言葉」というのはその対象が「新しい」ことの立派な付加形容であるから、欲望を満たそうとする力によって成る現代社会にとって、「新語」は商業的に価値が高いのだろう。商業と時代を同値と解せば、「言葉の増加」は正しい時代の流れなのだ。

ぼくが「日本語が乱れている!」と感じる理由は、若者が既存の日本語にまで手を付け出しているということによる。例えば
『楽園』
という言葉がある。この言葉、ぼくが子供のころは、もっと「重たい」言葉だったような気がする。ところが最近の歌謡曲はそういった重さのある言葉を「ほいほい」「ほいほい」と簡単に使ってしまう。たいした内容の無い歌であっても、重たい言葉を陳列すればかっこよく聴こえるとでも思っているのだろう。バカにつける薬は無い。有名なところでは「常夏の楽園ベイビ〜♪」だとかいう頭の悪い歌があるが、どうせ彼らは「楽園」という言葉を、「ハワイみたいなところ」くらいの意味でしか使っていないのだろう。

そんな愚か者が第一線で活躍している歌謡界は、若者に、確実に悪影響を与える。長い歴史が守ってきた、深く、重い言葉を、とてつもなく軽いものに変えてしまう。
「紙幣」というものがただの紙であるのと同様に、「日本語」というのはただの線の集合である。それらに価値を持たせるのは人の意識であって、結局は扱う人間が価値を決めるのだ。
紙幣を楽しげに切り刻む若者たち。日本語の美しさを知っている我々は、その行為にひどく幻滅を覚える。どちらが正しいかなんてわからない。両者ともそれなりに正しいのだろう。ただ、我々は、あなた方が今切り刻んでいる紙を使って、感動したり、感情の深さを学んだりしてきた。だからあなた方の行為に対して「間違っている」と叫ぶかも知れない。日本語が記号化されてしまう前に、その紙の温かさを知ってもらいたいから・・・。

『楽園』の類義語に、例えば『シャングリラ』という言葉がある。
このような言葉でさえ、いつか若者の手にかかり、軽い言葉に変えられてしまうのだろうか。残念で仕方がない。



2oo3.o8.1o____レールの上に沿って どこまでいけるかな

『行列のできる法律相談所』

という番組がある。いざこざの事例を挙げ、それの正誤を法的に考察する法律番組だ。似たような番組はたくさん存在するが、そんな中で、知的バラエティーを得意とする島田伸助を司会に置き、その上「弁護士の人選」に成功したこの番組は、あたま1つ出ているといってもいいでしょう。答えが1つに決定しないところも新しい。

この番組のなかで議題になるひとつに、"離婚問題"がある。離婚できるか、できないか、である。 ぼくは離婚なんてカンタンに気まぐれ1つでできるものと思っていたのだが、なにやら「婚姻を継続しがたい重大な事由」がなければできないんだそうな。おぼえちゃったよ。

法律って何だろう。

この番組の弁護士軍団のひとりに、丸山弁護士、という人がいる。向かって一番右端の、こじゃれたハードボイルドダンディーだ。描写がおざなり。
この人が以前、こんなことを言っていた。

「離婚したいのなら、離婚させてやりゃぁいいんですよ。」

もちろんこの言葉は、法律の「ほ」の字もかかわっていない、丸山氏個人の意見でしかない。番組内でも、それが弁護士の言うことか!とツッコミを受けまくっていたが、実のところぼくと同意見である。

法律だかなんだか知らないが、どちらかが離婚したかったら、離婚できなければおかしいとぼくは思うのだ。婚姻を継続しがたい重大な事由ってなに?理由って何なの?今がばかげた状態だから、正しい自分を取り戻すために離婚したいって言っているのに、

「それだけでは婚姻を継続しがたい重大な事由として認められません」

なんじゃそりゃそりゃ。やばいよやばいよ。
離婚できないんですか。一生、苦痛の中で生きるのですか。幸せにはなれないのですか。わかんねぇよ。おかしいよ。
「離婚したい。」
そう言って、相手が離婚を快諾してくれなかったら、それ自体が婚姻を継続しがたい事由なのではないのですか?

人生は一度きりである。
一度きりであるから、法律というのは「正しい」を基準とするのではなく、「いつでもリセットすることができる」に重きを置くべきだと思うのです。どうでしょうか。




ある先輩が、婚約までしていた彼女と別れた。先輩に、他に好きな人ができたから。去年、「独身最後のクリスマス」と言っていたことも、今となってはなつかしい。彼女、そして彼女の両親に、土下座をして回ったと聞く。

先輩:
「このまま結婚しても・・・彼女も幸せにはなれないよ。」

そういうことだな。多分[やさしさ]というのは、他人と自分、両方を想うことなのだ。

先輩:
「人生は一度きりだからね。」

ありふれた言葉だが、この言葉は意外に重たい。上に定義する[やさしさ]を逸脱しない範囲では、不倫でさえ正当化される。それぞれが、一番幸せになればいい。人生は一度きり。


法律が幸せの可能性を制限する、それが日本の「正しい」である。どちらかが別れたいなら、それは幸せへのスタートではないのか。別れさせてやりゃあいいじゃねえか。

先輩、人生に祝福あれ。



2oo3.o8.11____悲しいけれど 時計代わり

わたくし、ヨワイ24にして、ついに携帯電話を購入いたしました!

「おめでとう!」

「おめでとう!」

ありがとう!
ああ、いよいよオイラも現代人の仲間入りです!


いまどき小学生でも持っているケイタイ、なぜぼくが持っていなかったのかというと、ただ「電話が嫌い」だからなのですね。ぼくは口下手なので、身振りや手振りや腰振りなどを多用して初めて「会話」が成立するのです。なのに電話は言葉だけで相手に意思を伝えないといけないという恐ろしい機械であり、自分のスキルではそれを扱うに非常に心許ないものがあるのですが、いつまでも卑下していても仕方がないので買っちゃいました。ま、結局のところは必要になったから買ったわけです。いままで必要にならなかった自分の人生って何だろう。


このケイタイ、「プリペイドケイタイ」といいまして、本体を一回買えば、あとはカードを買って、そこに書かれたナンバーを登録して電話がかけられるんですね。3000円なら3000円のカードを買って、要するに前払いで電話代を払って電話するわけです。コンビニで買えます。


このプリペイドケイタイ、何がいいって言うと、やっぱり「基本使用量0円」なところですかね。通話料金だけを買えばいいシステムなのです。
ぼくは下宿先に据付の電話があるのですが、ほとんど受話器が持ち上がることがないため、毎月毎月基本使用量だけを支払ったいるんですよ。「今月も1900円か。」なんつって。だもんで「これはまさに自分のための!」とか思って購入。コンビニで。「これください。」気軽に。


ところがやはり、うまい話には穴がありまして。
このプリペイドのカード、一番安いのは3000円なのですが、有効期限が三ヶ月なんですね。つまり三ヶ月の間に、3000円分通話しないといけないんです。







・・・不可能です。


あと、自分のケイタイに友人の電話番号を、親指一本で「ピポパ」と登録していると、何か大切なものを失ってしまった感覚がしたのですが、それが何かでさえ今のぼくには思い出せません。とっても取り返しが付かないことをしてしまったような気がします。何かを得る、それは寂しいことですな。



2oo3.o8.12____あちちあち




それはそれは、うららかな初夏の昼下がり。窓の外は盛夏の様相。窓の内側は、25度に保たれた定常空間。威圧するような真夏の日差しは、人間文化に対する神様のささやかな抵抗。シャッ、とブラインドの角度を変えれば、まるで百葉箱の中にいるような感覚に包まれる。今日も平均気温は25度。神様の作った気温は、窓の外。

きょうも研究室の隅ではエタノールの蒸留。大量のエタノールに熱をかけ、蒸発させ、集めた蒸気を冷やして精製する。あらゆる実験の中でもっとも単純なその作業、いつしか一つの景色として、誰にも気にされず部屋の隅。ひとりとしてその存在を意識することなく、ぐつぐつ、ぐつぐつ、部屋の隅。ぐつぐつ、ぐつぐつ、煮えたぎるエタノール。




ぐつぐつ。




ぐつぐつ。




ぼへ。




ぼへ。




ぼへみあああああああん!!!!




とどろく爆音。




吹き上がる摂氏90度エタノール。




天井までとどくエタノールの噴水。




充満する蒸気。




飛散する水滴。




逃げ惑う人々。




飛び交う悲鳴。




鳴り響く銃声。




そして全身エタノールまみれになる後輩。笑うぼく。





いや、エタノールだったから笑い話で済んだんですけどね。お酒の主成分だし。
「消毒になって、よかったじゃん」
そんな感じで、おおごとにならなくて良かったです。

どうやら、沸騰石を入れ忘れた後輩がいるらしいのです。で、突沸してドカーン。基本だろ。

あー、実験室、酒クサイ。



2oo3.o8.14____ややこしやー ややこしやー

ぼくはパスポートが欲しいので、書類を全部集めて旅券発行センターへ行きました。


窓口の人:
「この写真がだめですね。顔写真は顔の縦の長さが29mm以内に収まるようにしてください。これだと30mmあります。」


・・・うきいいいいいい!!



ぼく

実家に

帰る。



2oo3.o8.17____やだねったら やだね

ただい魔ー。静岡から帰ってきたよ、望月でコン。
久しぶりに家族と会ってきました。友達とも会ってきました。ボーリングで初めてターキー出しました。線香くさいモナカをモシャモシャ食べました。たっぷり寝ました。あとは、あとは、何したんだろう。とにかくごろごろしてました。

ウチでは、テレビのある居間でちゃぶ台兼コタツを置いて食事するのが日常になっているのですが、ま、数ヶ月ぶりの団欒ですから、無口なぼくもがんばって会話とかしてみたわけですよ。



ぼく:
「この『ヒーロー』って映画、最近こんなのばっかだねぇ・・・CGばっかりでさ・・・昔の特撮とかはそういった作り物っぽさを隠すのに苦労したってのに・・・今じゃワイヤーアクションとか言って・・・もうはっきりと『ワイヤー』って言っちゃってるもんねぇ・・・」



姉:
「わー、いやー。」





ぼく:
「一人暮らしじゃあ、ここまで種類の多い食事はやっぱり無理だよ・・・このモロヘイヤなんて・・・どこで売ってるのかもわからないもん・・・」



父:
「モロ、ヘ、イヤ。」



・・・もうこの親子とは、ハナシしねぇ。



2oo3.o8.18____君を好きでよかった

『津田雅美』
という少女漫画家がいる。ぼくは彼女の短編の話が好きで、よく繰り返し読んでは、心をくすぐられていた。基本的には恋愛の話ばかりなのだが、恋愛恋愛とばかにしてはいけない。恋愛に伴って個々人の持つあらゆる屈折がほどかれてゆくようすは、少女漫画というカテゴリーを窮屈にするほど縦に長い人生論を表現しているのだ。
「縦に長い恋愛」。
彼女の描く話は、下手な純文学よりもよっぽど深い。少なくとも今期の芥川賞受賞作品「ハリガ



・・・さて、そんなわけで津田さんが今描かれている長編「彼氏彼女の事情」もポジティブな惰性で愛読しているわけだが、先日ようやく16巻が出たようです。ちゅーことで、さっそく買ってきました。

読みました。

そ、

そうか、

有馬はそういう悩み方をしていたのか!

恋愛と、

過去と、

ああ、

有馬!

ありま!

ありまああああああああ!!!




24歳、男。





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